第7回 福魂祭オフィシャルWEBサイト 2018

Artist出演アーティスト

河野景子

河野景子

河野 景子(こうの けいこ、1964年11月12日 - )は、日本のタレントであり、元フジテレビアナウンサーである。
元大相撲力士で、第65代横綱、貴乃花光司の妻としても知られる。
戸籍名:花田 景子(はなだ けいこ、旧姓:河野)。

AK-69

AK-69

孤高のHIP HOPアーティスト。

「険しい道を敢えて選ぶ」という自身の歌詞にもある通り、勝ち上がり辛い環境から、頂点を目指すラッパーである。

オリコン総合DVDチャートにて1位を獲得をはじめ、音楽アワードMTV VMAJ 2015にて「BEST HIP HOP ARTIST」を受賞。
ニューヨークのNo.1 HIP HOPラジオ局と名高い”HOT97”に日本人として初のインタビューを受け、同局主催イベントへのライブ出演も果たす。国内では、2014年に日本武道館を含むアリーナツアーを成功させ、翌2015年にはキャリア最大規模となる全国13都市を回るホールツアーを開催した。プロ野球選手登場曲の使用率2年連続No.1(’14年,’15年)。ボクシング世界王者やサッカー選手、騎手、体操、格闘技などのトップアスリート達から、IT企業や多くの経営者達まで、各方面より絶大な支持を受ける。

2016年1月、さらなる”インディペンデント”を求めて、自身が代表を務める「Flying B Entertainment Inc.」を設立。
2016年4月、伝説的なHIP HOPレーベル「Def Jam Recordings」の日本での再始動後初のアーティストとして電撃契約を果たす。
2016年11月23日、同レーベルより初のフルアルバム『DAWN』をリリース。

“勝ちは勝ちでも、こだわる勝ち方”。そのAK-69の信念を曲げぬまま、
真の伝説は今、夜明けを迎える…。

RYO the SKYWALKER

RYO the SKYWALKER

ジャパニーズ・ダンスホール・レゲエ・シーンの第一線かつど真ん中でマイクを握るレゲエ界きっての敏腕ACE。
ダンスホール精神に則り、正々堂々とダンスホール特有の遊び方を伝授しながらも、常に進化した最新スキルで周囲を魅了するテクニカルなDeeJayっぷりは他を圧倒するほどハイレベル。
シーンを代表する中心的存在であり、現行シーンのスタンダードを築き上げてきた最重要人物。 彼のタフで熱いバイヴスに賛同する人は迷わずニッポン指!

TEE

TEE

ONLY ONE VOICEと評される天性のスモーキー・ヴォイスと元ボクサーという異色の経歴が話題を呼んでいる、広島県出身の33歳。
16才からボクシングを始め、高校、大学時代に通算6度の国体出場。大学時代にはアテネオリンピック候補選手として日本代表の合宿にも参加するなど輝かしい実績を残し将来はプロ・ボクサーを目指すものの大学3年のときに怪我のために断念。
その後カナダへ留学し、音楽に目覚める。
帰国後09年7月にはプロデューサー今井了介氏のレー ベルnanorebel よりファースト・ミニ・アルバム『Palette』をついにリリース。リード曲「Change My Life」がiTunesの今週のシングルに選ばれると記録的なダウンロードが話題を呼ぶ。
2010年に入りレコード会社各社争奪の末、ユニバーサルシグマとメジャー契約。「3度のメシより君が好き」で7月にメジャー・デビュー。
10月27日にはセカンド・シングル「ベイビー・アイラブユー」、11月17日にはファースト・アルバム「Kido I Raku」をリリースした。特に「ベイビー・アイラブユー」は全国各地でヘヴィー・プレイされてロング・ヒットを記録。USEN J-POP総合チャートでも2010年9 月の初登場以来 23 週連続チャートインの新記録を打ち立て、着うたダウンロードは70万を超える大ヒットとなった。
2015年9月30日には大ヒット曲「ベイビー・アイラブユー」の続編を描いた「5年後のアイラブユー」をリード曲にした、自身2年9ヶ月ぶりとなるフルアルバム「5年後のアイラブユー」をリリースした。

SHIKATA

SHIKATA

2007年にMAY’S/CLIFF EDGE/KGと結成したユニット、NATURAL8でリーダーを務め、インディーズながら総売上5万枚という驚異的なセールスを記録。
その後ソロとして1枚のアルバムと2枚のミニアルバムをリリース。2010年にはレコチョク年間クラブチャートに「逢いたくて… feat CHIHIRO」、「まだ君が好き」など3曲がランクインした。
その一方、作家、プロデューサーとしての活動も並行して行う。
関ジャニ∞、三代目 J Soul Brothers、GENERATIONS、ナオト・インティライミ、BIGBANG、JYJ、SHINee、w-inds.、Fairies、福原美穂等、幅広い層のアーティストの作品を手掛けており、オリコンチャートやレコチョクランキングの上位に、彼の関わった作品を多く目にすることができる。
最大の売りである卓越したメロディーセンス、時代を見据えたプロデューススキルは各方面から絶賛され続けている。

MAY’S

MAY’S

ボーカルの片桐舞子とトラックメーカーの河井純一が尚美ミュージックカレッジで出会い結成。_
ボーカルの片桐舞子は群馬県出身、片桐会片桐流民謡の家元。両親ともに師範という唄のサラブレッドであり、幼少期より自然と歌うことを覚え、ボーカリストとしての道を歩み始める。
高校時代はロックバンドのギタリストとして活動していた河井純一は、片桐舞子との出会いをきっかけにその才能を開花させ、片桐舞子の歌の魅力を引き出すメロディアスな全楽曲のトラックメイクを手がけ、ジャンル・性別・世代を超え人気を博すMAY’Sの楽曲は、全世代の女性層から圧倒的な支持を受けている飾らずに直球で伝える片桐舞子の歌詞と、最先端の洋楽サウンドをとりいれた邦楽サウンドの河井純一の
アレンジセンスが特徴的である。
2015年9月2日。MAY’S 6枚目となる待望のオリジナルアルバム「Traveling」のリリースが決定!
メジャーデビュー8年目を迎えた今年、更なる飛躍を期待させる“1曲入魂”なMAY’Sワールドが満載。
2014年リリースの「VIVA!!! SUMMER COVERS」でカヴァーした「WAになっておどろう」の作曲者である角松敏生(AGHARTA名義、クレジット:長万部太郎)との夢のコラボレーションをはじめ、3マンTourで制作披露したSOFFet・KEN THE 390との共作「JOURNEY」、サンリオピューロランド人気キャラクターダニエル率いるダンスユニットone’s wishes-Dとのコラボ楽曲など、MAY’Sワールド満載なコラボレーションも様々楽しめる作品となっている。

TATSUYA

TATSUYA

TATSUYAは、ヒューマンビートボックスを用いたミュージシャンである。
一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会の代表理事も務めている。

R&K(速田隆成&奥田圭悟)

速田隆成

生年月日: 1989年7月26日
サ イ ズ: T188cm / W76kg / S27.5㎝
特  技: アイスホッケー(15年間)
(全国高等学校選抜アイスホッケー大会優勝/
アイスホッケーインターハイ ベスト8)、
スノーボード、サーフィン、ゴルフ 資  格: 普通自動車免許
血 液 型: A型
出 身 地: 広島県

奥田 圭悟

生年月日: 1986年3月14日
サ イ ズ: T184cm / Weight72kg / B93cm / W77cm / H92cm / S27.5㎝
特  技: 殺陣、ベース
語  学: 英語、韓国語
趣  味: 舞台・映画・音楽鑑賞、料理
資  格: 普通自動車免許
血 液 型: A型
出 身 地: 神奈川県

福島ダンスキッズ with misono

福島ダンスキッズ with misono

小さい頃から、剣舞、ピアノ、習字、プールなど1週間毎日習い事を始める。
9歳(小3、4年)の頃、2年間京都の東映太秦に通い始める。
そこで、演技・茶道などを教わりながら小僧寿司チェーンのCMに男の子役で2回出演。
イジメをきっかけに13歳(中2)の頃、“沖縄アクターズスクール全国オーディション”に応募。
中学校を卒業してすぐ、沖縄に1年間在住。寮に住みながらアクターズスクールに通う。
2000年7月、 「avex 夏休みオーディション」に参加。その後1年間、エイベックスでボイストレーニング、ダンスを週2で励む。
2002年8月、day after tomorrowのヴォーカルとしてデビュー。
2005年8月にリリースしたベストアルバムを最後に「day after tomorrow」の を休止。
2006年3月、ソロプロジェクトをスタート。
2006年9月~12月、MTVにてダイエット企画にチャレンジ。
2007年冬、【R-女子】misono meets BeautyのDVD化をきっかけにバラエティーに進出。

仮面女子

仮面女子

インディーズ女性アイドルとして日本初のオリコン一位、さいたまスーパーアリーナ単独ライブ15000人動員を達成した最強の地下アイドル。

異形とも言えるホッケーマスクをかぶったアイドル集団。
芸能界に居場所が無くなった【選ばれなかった者達】が集まり、顔を隠すことで個人のアイデンティティを捨て、代償に群れとしての強烈なアイデンティティを手に入れた。
自らを地下アイドルと名乗り、ライブ本数は年間1000本を超え現在地下アイドル最強の名を欲しいままにしている。

みかん

みかん

新生みかん・これまでのものまねへの追及は変わらず、新たなカテゴリーにも多く挑戦している現在。
2017年には念願であったドラマ出演も多く果たした。
2014・2015年には東京ガールズコレクションの舞台にも立ち、また2016年後半からは自身プロデュースのもまねLIVEにチャレンジしている。原点は幼少期からの‘とにかく人を笑わす、喜ばすことから全てがスタートしていった。
ものまねタレントを起点として今後も多くのカテゴリーにも【UP!!! UP!!!UP!!!みかん !】を合言葉に新生・みかんは挑んでいきます

山猿

山猿

2010年に“LGMonkees”としてメジャーデビュー。
デビュー曲 「Grateful Days feat. Noa」がレコチョク年間ランキング1位、有線放送キャンシステム7月度お問合わせチャート1位、 JOYSOUNDの歌詞検索サイトでも1位と三冠獲得した。

2011年3月に東日本大震災で自ら被災し、家が津波の被害を受け避難所生活を送るという経験もあり、音楽を通じて「愛」「絆」「勇気」をたくさん伝えたい
という想いで「3090~愛のうた~」を同年10月にシングルとしてリリースするや、泣ける歌として話題になり、「NEWS ZERO」「ミヤネ屋」など全国ネットのTV番組でも大きく取り上げられ、配信は累計200万DLを突破、動画サイトでは5000万PVを超えている。

2014年10月にLGMonkees解散し「山猿」として本格的に活動を始動した。

直後から「山猿」としてアーティスト活動を再開させ12週連続新曲を配信し、その中でも「カジカ」は配信サイトランキングにて ウィークリーチャート1位にランクインし、有線放送でのオンエアと同時に問い合わせも殺到!

話題が高まる中、約2年半ぶりとなるオリジナルアルバムを4月にリリースし、オリコンデイリー9位にランクイン。同年2月には3枚目のアルバムをリリースし、 こちらもオリコンデイリーチャート10位にランクイン!1年に2枚のアルバムリリースと2回の全国ツアーを行うなど精力的な活動をしている。

地元東北に在住しながら日本全国へ「愛」を「うた」にのせて 発信している「今」最注目のアーティストである。

青山 テルマ

青山 テルマ

1987年10月27日生まれ。B型、奈良県出身。

トリニダード・トバゴ人と日本人のクォーター

3歳の頃にジャネット・ジャクソン「リズムネイション」のPVに興味を示しテープが伸びきってしまうまで観続けたという。 10歳の頃から歌う事の楽しさに目覚めゴスペルを習い始める。
小学校6年生までインターナショナルスクールで過ごしたのち、家族と共にLAへ移住。
2002年夏、日本に一時帰国した際に音楽関係者から声をかけられた事を機に日本でのメジャーデビューを夢見る。
その年の冬には拠点を東京へと移し、インタ-ナショナルハイスクール(調布)に通いながらヴォイストレーニングを強化。
2007年9月5日にシングル「ONE WAY」でメジャーデビューを果たす。

キュートな容姿を備えつつ、鮮明かつパワフル、そして感情豊かな歌声を絶妙にコントロールする。実力派シンガーである。

また、ファッションや写真、アートと多趣味であり、そのセンスは同年代の女性から支持されている。
2012には、自身が編集長を務める、音楽・カルチャー・ファッションを題材としたフリーペーパー『DREAM PAPER』をリリースした。

角田信朗

角田信朗

角田 信朗(かくだ・のぶあき) 正道会館カラテ総本部師範
ウェルエイジングエグゼクティブプロデューサー/インストラクター
日本の男性空手家、歌手、俳優。大阪府堺市出身。
正道会館カラテ総本部師範(六段)、レフェリー。タレント・俳優としても活動して いる。
奈良県立生駒高等学校、関西外国語大学外国語学部英米語学科卒。
英語科教員免許を所持しており、英語がきわめて堪能である。
ニューキ゛ン「CR花の慶次」シリーズでは「漢花」「よっしゃあ漢唄」をはじめとし た挿入歌を担当。
ボディビル国内戦で3冠を達成するなど、現在多方面で活躍中。

ミラクルひかる

ミラクルひかる

ミラクルひかるは、日本のものまねタレント、歌手。本名は田村 梨果。兵庫県豊岡市出身。2009年4月13日よりアヴィラ所属。以前はジンセイプロに所属していた。

中村あゆみ

中村あゆみ

1984年、デビューシングル「MIDNIGHT KIDS」、
アルバム『Midnight Kids』でデビュー以後、
「翼の折れたエンジェル」「ONE HEART」「BROTHER」等
シングル32枚、ベスト盤4枚を含む全25枚のアルバムをリリース。
14年9月3日にデビュー30周年を迎え、中村あゆみの30年の“あゆみ”を
振り返る、オール・タイム・シングル・ベスト
「Ayumi of AYUMI~30th Anniversary All Time Best」を発売。
15年2月には15枚目になるデビュー30周年記念オリジナルアルバム
「Chameleon」、9月にはプロレスラー鈴木みのる選手の入場テーマ曲
「風になれ」発売20周年記念に伴い「風になれ」完全版を発売。
16年12月7日には初の本格的セルフ・カヴァー・ベストアルバム
「A BEST〜 ROLLING〜50」を発売した。

ラジオレギュラー NACK5「ロッキンママ」毎週土曜日21:00〜21:30

LGY

LGY

学生時代にダンスサーとして活動し、音楽に興味を持ち始める。
自衛隊の入隊をきっかけにダンスサーとしての道をあきらめるがメンバーとの出会いで音楽に対する思いが強くなり自衛隊を除隊アーティストとして活動を開始する。

  • 2000年 LGY(エルジーワイ)を結成。結成後は長らく全国のクラブシーンを中心にライブ活動をする。
  • 2006年 7月に恵比寿リキッドルームで行われたT.I.の日本公演で、日本代表として前座を務める。
  • 2006年 1月31日 1st アルバム『JOINTED 2 HOMIES』 をリリース。これがロングヒットを続け2006年のオリコンインディーズアルバムチャート・ヒップホップ部門で第2位、更に翌年のヒップホップ部門でも第2位を記録する。(インディーズ総合では14位)
  • 2006年 1月31日 1st アルバム『JOINTED 2 HOMIES』 をリリース。これがロングヒットを続け2006年のオリコンインディーズアルバムチャート・ヒップホップ部門で第2位、更に翌年のヒップホップ部門でも第2位を記録する。(インディーズ総合では14位)
  • 2007年 LGYからLGYankeesに名前を改名する。
  • 2008年 5月9日 シングル 『Dear Mama feat.小田和正/Eternal』 でメジャーデビューを果たす。
    9月17日に発売されたアルバム 『NO DOUBT!!! -NO LIMIT-』でメジャーオリコン
    初登場 8位を記録しシングル・アルバム含め初のトップ10入りを果たす。
  • 2009年 9月16日 前作から1年ぶりとなるアルバム『MADE IN LGYankees』を発売
    メジャーオリコン初登場10位を記録する。
    このアルバムの発売後12月にメンバーから脱退。
  • 2012年脱退後、東京に拠点を置きBAD-BEATTRACKS株式会社を設立し若手アーティストの育成やプロデューサー業として活動を開始する。
  • 2012年4月30日 自身初プロデュースとなるシングル『GRADUATION』 RYO をリリースし
    同年11月14日 第2段プロデュースとなるミニアルバム『Precious Time』 CHANCE をリリースする。
  • 2015年10月脱退後、約 6年の沈黙を破りアーティストとしても活動を開始する。

青木 隆治

青木 隆治

生年月日:1981年1月29日
出 身:神奈川県
身 長:166cm
体 重:52kg
胸 囲:91cm
ウエスト:75cm
靴のサイズ:25cm
趣味特技:ギター、サッカー

+α/あるふぁきゅん。

+α/あるふぁきゅん。

女声から男児声まで何種類もの歌声で、激しいロックからソウルフルなナンバーまで、規格外の歌唱力で歌い上げる超実力派女性歌い手。動画共有サイトに投稿された関連動画総再生数は3,000万回以上、twitterのフォロワーは約20万人を超えるなど、若者を中心に大きな注目を集めている。
2013年6月にアップした「紅蓮の弓矢」(進撃の巨人 主題歌)のカヴァー動画が、ニコニコ動画ランキングで総合チャート1位を獲得、100万回再生を突破し(現在約370万再生)、歌い手デビューからわずか1週間で一躍大ブレイクを果たす。
2014年4月に幕張メッセで行われた「ニコニコ超パーティー2014」、同年8月にはさいたまスーパーアリーナで行われた「EXIT TUNES ACADEMY 2014」に出演するなど、人気歌い手としての地位を確立する。
2014年12月にファーストアルバム「+a/」をビクターエンターテインメント カラフルレコーズからリリース。
その後も、日本武道館で行われた「EXIT TUNES ACADEMY 2015」、さいたまスーパーアリーナで行われた「ニコニコ超パーティー2015」にそれぞれ2年連続で出演。2016年1月にセカンドアルバム「αβ叫喚」をリリースした。

そして2017年5月NEW ALBUM「ALMATIC.」を徳間ジャパンからリリース

ITACHI

ITACHI

中学生の頃、父がJAZZやSOULが好きだったという影響もあり、BLACK MUSICを聴き始める。 17歳の頃、HIP HOP界のレジェンド「2PAC」のCDを買い、刺激を受け、RAPを始める。
その後、数々のCLUB EVENTのステージをこなし、2008年LGYankees HIROと出会う。
その音楽性に共感し自分の可能性を試すべく直接本人にフリースタイルRAPを披露、そのスキルを認められNO DOUBT TRACKSに加入。
東北地区のMCバトルで上位に入賞する等磨きをかけたライミングと長身を生かしたステージングを武器にシーンに区切りを付けることなくエンターテインメントを追求する。